PLAYER’S VOICE 011

幸せな人生をここから。母への想いがつまった愛あふれるレストラン。

観光に訪れる人も多い秩父エリア。その玄関口・秩父駅から車を走らせること約3分。民家に囲まれて静かに佇む飲食店「花風里(かぷり)」が見えてきました。

ここは、週末限定の貸し切り予約制レストラン。オープンテラスも構えた、全エリアバリアフリーの平屋です。今回はここを切り盛りするW様ご夫婦に、建物づくりやお店に込められた想い、そしてお客様と刻んできたたくさんの思い出についてうかがいました。

母のために、車椅子で快適に暮らせる平屋を

おそろいのシャツに身を包み、爽やかな笑顔と丁寧な物腰でお迎えしてくれたW様ご夫婦。長年にわたる教員生活を経て、2022年9月にこのお店をオープンさせました。ただこの建物は、当初レストラン開業を見据えて建てたわけではなかったそう。

「ここはもともと私の実家があった場所。父が他界してから約10年間、母が一人で住んでいました。しかし母が車椅子生活になったことや家を空ける期間が長くなったことをきっかけに、思いきってバリアフリーの平屋に建て替えることにしたんです」とご主人。

そこで、以前W様ご夫婦の住む飯能の自宅リフォームをお願いしたヒロ建工に、ここの施工もお願いすることにしました。

「しかし残念ながら、この家が完成するまで母の命が保たず……全て母のために設計して、調度品も車椅子生活を考えて揃えていたんですが、一回たりとも見てもらうことも使ってもらうこともできなかった。申し訳なかった……そんな気持ちを抱きながら、ここをどうしていくかを考えるようになりました」

介護経験から導き出した「バリアのない飲食店」という答え

未来を見据えた家づくりの最中で起きた、突然の別れ。悲しみの中で思い出されたのは、母との日々、そして父と叔母を含めた3人の介護経験だったと言います。

「介護をする中で非常に不便に思っていたのが、秩父市内には車椅子で物理的に入店できる飲食店がほとんどないことでした。スロープがついていても斜度が適していなかったり幅が足りなかったりと、思うように活用することができない。たとえ入店できたとしても、今度は食事の味が濃い、揚げ物が多いなど、年配の方の口に合う献立がない……。介護されている本人も周りに迷惑をかけることを大変心苦しがるので、やはりそういう場所への外出は避けるようになっていました」

同じ境遇の方はたくさんいるはず。ではその方々がゆっくりと気兼ねなく過ごせる「時間と空間と料理」をお届けできないだろうか……。

そう考えたW様は、両親への恩返しのようなかたちで、この家を飲食店としてオープンさせることを決意。決まったメニューではなくそのときどきの食材や相手に合わせて料理をつくるという方針から、イタリア語で「気まぐれ」を意味する「カプリ」をベースとした店名を掲げました。

ここにいられるだけで楽しい、来てもらえるのも嬉しい

お客様を出迎える玄関は、緩やかなスロープと段差の小さなステップで構成。休憩に便利なベンチとワンちゃんのオブジェが、優しく来訪者を迎え入れます。

「やはり車椅子で移動するばかりでなく、『自分で歩ける、自分で登れる』という経験ができることは、本人の自尊心にとって非常に大切です。だからこそ、杖で上がりやすい8cmのステップをつくってもらいました。10cmになると杖で身体を持ち上げるのが難しくなるので、これがちょうどいいんです」と話すのは奥様です。

トイレや浴室も介護がしやすい設備とスペースを確保。さらにキッチンも、車椅子でも自由に行き来して作業ができる、くの字型のオープン空間に。今は飲食店として活用するために棚と扉を設けて、お客様へのおもてなしを準備するエリアとして大活躍しています。

「駐車場から車椅子のまま家の至るところに自由に移動できて、最小限の動きで難なく普段の暮らしが完結できるようにしたい。というのが、こちらがお願いしていたオーダーでした。それを見事に叶えていただいたかたちです」とご主人。

奥様もその打ち合わせ当時を振り返り、こう続けます。「何回も設計の打ち合わせをさせてもらったんですが、こちらの希望を伝えて一緒に決めていくというあの時間が、もうものすごく楽しくって!設計の意図にも納得してから施工してもらっているので、こうしてかたちになった空間にいられるだけで楽しいんですよ。そしてさらに、人に来てもらってこの空間で素敵な時間を過ごしていただけることもすごく嬉しい。私たちの晩年の人生を全部より良くしてくれている気がします」

人のために尽くせるこの時間と空間が、人生の楽園

細やかなところまで配慮の行き届いた空間づくり。そこにさらに、食育アドバイザーの資格を持つ奥様の食事づくりを合わせることで、車椅子に乗っている方だけでなく、高血圧や糖尿病などで食事に特別な配慮が必要な方、障がいを持ったお子さんのいるご家庭など、さまざまなお客様が気兼ねなく訪れられるお店となりました。

「家族揃っての喜寿や米寿のお祝い、同窓会に結婚記念日の会食、さらにコロナ禍で叶えられていなかった両家がはじめて揃うお食事……本当にいろんな場に立ち会わせてもらいました。人のためになれて、いろんな話に花が咲く。こんなにありがたくて幸せなことはないですよ」

そう語るご主人の穏やかで幸せそうな表情からは、日常がどれだけ満ち足りているかを感じさせてくれます。

「ある意味、これは終活みたいなものですね。残りの人生をどう楽しむかという課題の中で、私たちはすごく楽しくいい日々の送り方をさせてもらっていますよ」と奥様。

「そうそう、よく言われるんです、人生の楽園だねって(笑)」そう二人顔を合わせて笑う姿に、こちらも思わずにっこり。ご夫婦の愛と思いやりに満ちた空気に包まれるこの空間は、これからもずっと、たくさんの人の心を満たしていくに違いありません。

▲意匠は上高地の帝国ホテルや徳沢ロッヂがモデル。飯能の西川材でできたダークブラウンの梁や柱がアクセントに。
▲メインテーブルは、デザイン性がありながら車椅子のまま使える脚のものを採用。温もりあふれる無垢床も心地良い。
お施主様名W様
お住まい埼玉県秩父市
家族構成夫婦
居住歴3年2ヵ月

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