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マティス展に行ってきました。 

設計の白比です。マティス展に行ってきました。

 最近このマティス展が、色々なところで話題になっているようです。

でも…

正直、何やった人なのか知らない。なんでそんなに注目されているのかわからない。そんな方のために5分でわかるマティス講座してみちゃいます。それでは、どうぞ。。。

マティスの影響を受けた人たち

マティスはアーティスト、デザイナーに多大な影響を残しています。どんな人が影響を受けているのかを知ると、マティスの姿が見えてくると思います。

ミッフィーちゃんの原作者、オランダ人のディック・ブルーナ

 あのシンプルな色使い、大胆な原色を使った表現。子供のころに慣れ親しんだ人も多いのでは?お口が×になっているうさぎちゃんです。マティスの作品をみるとミッフィーちゃんの色使いに似ている?実はマティスの作品から、ミッフィーちゃんの色使いを思いついているそうです。

アンディーウォーホル

 ポップアートの巨匠アンディーウォーホルは、「マティスになりたかった」という言葉を残しています。全てのスタイル、発想が革命的であり続けたアーティスト、アンディーウォーホルが、マティスになりたかったなんて。マティスって、そんなに革命的な人?

色彩の魔術師

マティスは、このように呼ばれています。

絵を描くとき、皆さんは何を使いますか?鉛筆?絵筆?クレヨン?サインペン?

私たちが絵を描くとき、まず、黒い線を描いて形を作り、そこに色を塗ることが多いのではないでしょうか。絵には大きく分けて2つの要素があります。この色と形です。

そして、自在に色を操っていたといわれるのが、マティスです。

実は、マティスの永遠のライバルと言われている人がいます。誰でも一度は、耳にしたことがある人、ピカソです。ピカソは、自在に形を操っていたと言われています。

2人の巨匠、色のマティス、形のピカソ、と知っておいてください。2人は、互いに尊敬し、反発しあっていました。

革命?

マティスの描いた絵を年代を追って並べてみます。

「読書をする女」1895年
「豪奢、静寂、逸楽」1904年
「帽子をかぶった女性」1905年
「ダンス」1909年
「夢」1935年
「ジャズ」1947年
「赤の大きな室内」1948年
「ブルーヌード」1952年
「ドミニコ会修道院ロザリオ礼拝堂」1951年

あまりに作風が違いすぎて、同じ人の作品だと思えません。変幻自在、常に表現方法を模索し続けて自分のスタイルを変え続けていたのです。常に足ることを知らず、自己革命し続けていた人だったのです。

切り絵を活用していたのも革命でした。上の「ジャズ」シリーズは、切り絵の連作です。晩年は、重い病気にかかって体が自由に動かなくなり、絵筆を使わなくても描ける切り絵に没頭していたそうです。

切り絵の「ブルーヌード」などは、どこかでご覧になった方もいらっしゃるのでは?

魔術師の起こした革命とは?

例えば、リンゴの絵を描くとき皆さんは、どう描きますか?

丸い形を描いて、てっぺんに枝と葉っぱを描いて、赤く塗ればりんごに見えます。そんな当たり前、常識が本当に見えているものなのか?皆さんの見たいものなのかを問いかけ、革命的な絵を描いたのがマティスという人なのです。荒々しいタッチで、常識を覆すような色使いをしています。やがて、それは「フォービズム」(野獣派)と呼ばれるようになりました。

ちなみに、ピカソは、「キュビズム」という、有名な抽象絵画で、形に革命を起こしています。

そして、年老いて、体が不自由になっても、今できることで、絵画表現をしていくという不屈の精神、飽くなき美の追求は、生み出したものだけでなく生き方までも、私たちに影響を及ぼしてくれます。

ロザリオ礼拝堂はもはや、絵画を通り越して建築にまで行きついてしまった感があります。晩年、車いすに乗りながら、壁画を描いたりする姿が写真に残っています。

マティスが残したものたち

最初にご案内した、ミッフィーちゃんが、実は、マティスが源流だったり、カラフルなおもちゃとか、カラフルな人の形をしたイラストの始祖がマティスだったり、身近なデザインの大元がマティスが始めたものだったりして、知れば知るほどマティスの影響が大きくて驚くことが多いのに気づきます。

気づかないところで、皆さんもマティス由来のもの、マティスに影響を受けたデザイナーがデザインしたものを使っているのかもしれません。ちょっと覗いてみませんか。

上野  東京都美術館 マティス展 8月20日までです。  #マティス  #東京都美術館

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