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エゴン・シーレとは誰なのか?

設計の白比です。

行ってきました。エゴン・シーレ展です。上野の東京都美術館。

 エゴン・シーレとは誰なのか?

 紹介されているリーフレットをちょっと見るだけで、その危険性が伝わってくる人。28才で亡くなってしまうのですが、その短い生涯を駆け抜けた天才を目撃して参りました。

 私ごときが、この天才を説明していいものやら。迷いもありますが、皆さんのご興味の範疇に少しでも入れて頂ければ。なんらかのきっかけとなるならばと思い直し、文章にしてみます。

展示の象徴として扱われている絵はこれです。

なんで自画像で、しかもほおずきが一緒に描かれているのか理解不能。しかもなぜこの表情をあえて描くのか。そしてなぜこの絵がこんなにも評価されているのか。

 アーティストは、常に自分とは何かを問い続けなければならない。問い続けた果てに表現するべきものにたどりつける。自画像を描き続ける理由はそこにあったのかもしれません。常人には理解し難いと思います。

 たくさん自画像を描いているのですが、露骨なものもけっこう多いです。見るのも、語るのもためらわれるものもあります。ヌードデッサンの数も尋常ではありません。それでスキャンダルもあったようです。天才にとって現実世界は、生きづらいのでしょうか。

 短命を予見するかのように、死をテーマとした絵も多く残っています。かなりショッキングな内容の絵が多いので、心して見てください。深く考えさせられます。なぜ、こんな絵を描いたのだろうという見方をすると深淵に近づけるかもしれません。

 彼はオーストリアで1890年に生まれ、若干16才でウィーン美術アカデミーに合格してしまいます。おそらく類稀なデッサン力が認められたのでしょう。彼のデッサン力がどれ程だったのか、私が感銘を受けたのはこれです。

撮影OKだった絵が少しだけあったので撮ってきました。

 

ただのスケッチにすぎないのですが・・・

さり気ないスケッチですが、これ、描けと言われて描けますか?ほんのわずかな線で果てしない空間を想起させる。建物は、恐ろしいまでの存在感がある。たったこれだけの線で。しかも線に迷いが一切ない。この人の絵の線は、迷いが無いのです。当然のように描いているのですが、私にはこんなに迷いなく描けない。天才すぎる。(単に私に才能が無いだけと言ってしまえばそれまでなのですが・・・)

見ているだけで、めまいしかしない。

 彼が、生きた時代は、まさに激動の時代でした。古いものの価値観が問い直され、新しい科学技術が人々の生活を変えていった時代だったのです。そこで、美術アカデミーで教える古い写実的な絵画技法に疑問を感じるようになったようです。本当に写実的な絵が欲しいなら、写真に撮れば済む時代になった、ということでしょうか。

 彼は、表現主義と言われる方法に傾倒していきます。写実的に物を描くのではなく、対象物や、作画者の内面を表現する絵画技法の事です。そして美術アカデミーは中退してしまい、ウィーン分離派と言われる人々と交流を深めたそうです。(かの、グスタフ・クリムトが主催していた主義です。伝統芸術からの分離を意味します)

 やがて、激動の時代は、第一次世界大戦の荒波に揉まれ、彼も戦争に徴用されたようです。戦争が終わって、彼の絵が世界を席巻するのではと思われた矢先に1918年、28才の若さで亡くなってしまいます。死因はスペイン風邪だったそうです。コロナを経験した私たちにとっても他人事だと思えませんね。あっけないまでの最後だったようです。

 彼のようなアーティストは、本当に稀有なんだと思います。彼が生まれた年に死んだゴッホは、生涯で1枚しか絵が売れず、死後、名声を得たことで有名です。彼は、生きている間、多数のパトロンに恵まれ、彼の絵は高く売れており、経済的な不遇はそれほど無かったようです。アーティストは、内面の表現を重視するあまり、経済的な成功は二の次になることが多いのですが、エゴン・シーレに関してそのような事は無かった。それも彼の天才性なのかもしれません。

 とても刺激的な展示でした。見に行って2週間以上たつのですが、未だに彼の事、自分の絵の事を考え続けてしまっています。まるで熱病にかかったようです。

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